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入院中の出来事⑥

人間模様~病棟入口にて~

チビ助の存在と今までの入退院で、この病院では

非常に顔の知られている僕ら家族。

当然、病棟の看護師さん、医師らだけでなく

病院側の様々なスタッフとも顔を合わす回数が

多く、特に通勤などで日に数度、顔を合わすのが

病棟入口の警備員のおじさん方。

古くからいるおじさんはすでに名前もお住まいの

地域も知っているほど仲がよくなった。

だから、僕らの顔を見かけるときには必ず

「今回はどうしたの?」「長くなるの?」などと

必ず一声かけてくれる。

本来、一般同様、入退館の手続きをしての出入りを

するはずなのだが、「あー、いいよ、いいよ」を

顔パスで通してくれる。

病院に併設の駐車場は非常に高く、長期の入院の際

非常に「駐車代」が頭を悩ますのだが、今回も

「大丈夫、大丈夫」と僕が駐車場から退出する際、

駐車半額券をそっと手渡してくれた。

僕らは何も御返しはできないのだが、こうして応援して

くださるスタッフがいる下町の人情いっぱいの病院が

ここにある。

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入院中の出来事⑤

人間模様~産科にて~

チビ助ママの今回のお産で、陰で支えてくれた女性がいた。

彼女は産科十数年のベテラン助産師。

実は前回、チビ助のお産のとき、お産直後のショックを

やわらげ、日々ママの話し相手になり、どん底の気分から

一日も早く立ち直るきっかけとなってくださった彼女である。

彼女はチビ助のその後の入退院の度に、産科よりチビ助の

いる(いた)NICUや小児科病棟へちょくちょく顔を出してくれた。

年のころはおそらくチビ助ママより10近く上だと思うが、

チビ助ママはまるで姉のように、何でも話せると常々言っていた。

そして今回の入院の際、病院全体としては僕らのこの度の

出産を全面バックアップすると言っておきながら、実は産科だけが

度重なる様々な背景により少々足並みがずれていたのにも、

この彼女が一人チビ助ママの言いたいことを代弁し、抗議して

くれた。またそれに賛同したチビ助の出産当時を良く知る

助産師さんたちも巻き込んで、チビ助ママに非常に配慮して

くださったようだ。

普段は「お局」と呼ばれ、「産科でもほんとは鼻つまみなのよ。」と

自称し笑っていた彼女は、本当に僕らの頼もしい味方であった。

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入院中の出来事④

人間模様~病室にて③~

チビ助を受け持った担当看護師さんは出生あたりの頃から知っている古参の方もいれば

今回はじめて僕らとあったという新任看護師さんまで様々だった。

よく慣れた看護師さんは実に見事で、言われずともチビ助の好きな体方向、吸引で痰の引きやすいポイントなど僕が説明せずとも、一発で思い出し探し当ててくれる。

チビ助も「馴染みの顔だな」ジロリ目線で彼女たちを吸引されながら凝視している。

この日、夜勤に一人経験が浅いと思われる看護師さんが担当についた。

彼女の本来の性格である「真面目さ」が見てとれるほどの面持ちで

夕方、チビ助と僕のいる部屋に挨拶にきた。

「今夜は私が担当です。よろしくお願いします。」

そしてその夜となった。

あちこちで夜中、看護師に助けを求めるアラームがなる。

患者である子供たちが、あるいは僕のように子供に付添い夜を明かす親たちが

ベッドの枕元にあるアラームのボタンを押すとナースステーションの警報と

担当看護師が持っている院内用PHSが鳴る仕組みだ。

アラーム音を受け、彼女がパタパタと走る音がする。

「ガンッ!」

何が鈍い音がした。

何だろう?

しばらくして彼女がチビ助の様子を見にきた。

「チビ助くん、特に変わってないですか?」と僕に聞くので

「大丈夫です。」と答える。

「わかりました。何かありましたら遠慮なく呼んでくださいね!」

実に屈託のない笑顔と返事が返ってきた。

また誰かが押したと思われるアラーム音。

彼女の持っているPHSもバイブレーションのモーター音で震えている。

彼女が走っていく。

「ガンッ」

「あっ、痛」

大部屋の病室の入り口扉が揺れた。

アラーム音で焦って出ていく彼女が思いきり、自分の足をぶつけたようだ。

この夜だけでこの音が数回、夜中の廊下に響いたことを僕は知っている。

負けるな!頑張れ!

お大事に!

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入院中の出来事③

人間模様~病室にて②~

チビ助の日々の介護があったので、僕がチビ助の傍らで泊まり込んでいた。

申し訳ないが、好意的にしてくれる小児科スタッフについて、全員は技術的に

信用していなかった。

チビ助を良く知る古参のスタッフの方々、またそのスタッフから真剣に引き継ぎし、

真剣に向き合おうとがんばってくれた新人スタッフのかたには感謝している。

でも、それでも中には中途半端な医療経験が自信となっている

堅の中途採用スタッフがいるのだ。

案の定、今回の入院でも数名、あきらかにそういう言動の方がいた。

毎日泊まり込み、日中は出社、あるいは仕事の電話が絶えない僕に

ねぎらいの言葉があった。

「お父さん、昼も夜も大変ですね。せめて夜は私たちに任せ、安心して寝てください。」

初日、僕はこの言葉を信じた。

注入と注入の間、僕は担当の夜勤の看護師に吸引等をお願いし、横になった。

23時間後、目を覚ますと大部屋内に響き渡るチビ助の痰のゴロゴロ音。

気管切開の人工鼻にかぶされたフィルターは痰で目詰まりし、口から、鼻から大量の唾液を垂れ流し、涙いっぱい浮かべたチビ助がこちらを見ていた。

枕にしていたタオルも唾液でびしょびしょになっていた。

相当長い間ほったらかしにされたに違いない。

急いで飛び起き、吸引を始めると相当量の唾液や痰が引けた。

吸引の音が深夜の小児科の廊下まで響くほどだった。

その音で察したのか、担当看護師がパタパタと飛んできた。

「お父さん、寝ててください。大丈夫です、私たちがやりますから」

僕はだいぶ苦しそうにしていたとクレームを言った途端、彼女の目つきが変わった。

「大丈夫です。遠慮なくお父さんは寝ててください。」

半ば語彙も強かった。きっと怒ったのだろう。

でもチビ助の病室は、ナースステーションの真向かいなのだ。

わからないはずはなく、そこにこの看護師がずっと居たことは明らかにわかっていた。

翌朝、ママにこの話をした。

ママも瞬間に激高した。

ちょうどそこにその看護師さんが入ってきた。

「お父さん、昨日は眠れなかったでしょう。今日はもう任せて、自宅に帰って平気ですから」

僕は普段も夜中起きているから平気です、と答える。

「大丈夫なんですか、本当にお父さんで大丈夫なんですかぁ?」

どういう意味だろう?

何を言いたいのだろう?

僕だけでなく、ママも低調に反論した。

「こちらの看護師さんよりパパの方がチビ助の対応は慣れてますから」

看護師さんは返答した。

「そりゃそうですよね、でも私たちの仕事なので平気ですから」

仕事にしては怠慢過ぎてないか?

これで何か起こったら会社である病院が責任を取らされるからいいのか?

仕事と割り切っている割に、実は、向いてないんじゃないのか?

実はこうしたことはこの後何日も似たような出来事と返答が、繰り返された。

この看護師さんだけでなく、何人かが同じような態度だった気がする。

どうぞ人の命を預かる仕事は、中途半端な気持ちで担わないでほしいと

心の底から思った。

もうしばらくは何があってもあの担当たちとは顔を合わせたくないと思った。

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入院中の出来事②

人間模様~病室にて①~

病院には様々な人間がいる。

スタッフも、患者も、その家族たちも。

われわれ家族に非常に好意的に接してくれたスタッフの方も多かったが、

好意的に見せかけているだけの、あまり面倒なことに巻き込まれたくないと

思っているスタッフも実は見受けられた。

たとえばママの入院していた産科病棟。

多くのスタッフは、ちょうど7年前、こちらで生まれた「チビ助」とその親として

記憶していてくれていた。

だからか、何をしても非常に目立ち、話のネタにされてしまう帰来があった。

ママが帝王切開翌日の朝から、階段でチビ助と僕のいる小児科病棟へ

パタパタ往復している姿がほとんど異常だったのか「パタ子」とあだ名されていた。

実は入院前、ママとチビ助がお世話になっている小児科の先生で何度も打ち合わせを

持っていた。

内容は、ママが出産のため入院するのが「産婦人科」、チビ助の掛かっているのが「小児科」

であり、同じ病院内でもフロアが違い、管理体制も違う。

こと産婦人科に至っては近年の「出産難民」の問題、「周産期医療センターたらい回し」の問題などで近所の大きな病院がことごとく出産受け入れを制限していた中、こちらの病院はNICUを小児科に併設し、下町の繁華街という場所柄、非常に多国籍な妊婦や小児が多く入・通院していた。

そんな背景を知りつつも、重症障碍を持つチビ助の日々の介護の問題とママの出産、万が一の体制など総合的に考えると、チビ助の慣れ親しんだこの病院に家族ごと最低期間入院してしまうことが最善策と考えた。

当然、東京都の重症障碍児専門のセンターにも相談していたが、折しも4月のこの時期、スタッフ入れ替えを新人研修など多忙過ぎで「原則入所お断り」と言われた件もあったからだ。

非常に信じられないことだった。

あまりに「役人的」な回答だった。

ママの出産まではチビ助は「検査入院」という名目で僕と小児科に入院。一旦退院という形を取り、ママとベビーがいる「産婦人科」の家族用特別個室を事前に抑えておき、そこにチビ助と僕が「家族宿泊」の形で同居するつもりで話していた。

しかし、小児科の先生と僕ら家族の思惑が大きく外れた。

ママが入院した「家族用特別個室」は僕だけならまだしも、「チビ助」は受け入れられないと産婦人科から内々に回答があった。

「介助」が必要だから、何かあっても責任が取れないから、という理由のようだった。

また更に不幸な状況が重なった。

出産翌々日くらいに感染傾向のある妊婦さんと思わしき方の入院が決まった。

そのため「家族用特別個室」を出て「一般個室」に移動となった。

一般個室では、スペースが非常に狭く、家族用のベッドなどは一緒に入れられない。

また更に、「パタ子」騒ぎで「あのお母さん、元気すぎるから早く退院させて」と

いう話があったらしく退院予定日よりも前倒しで退院することとなった。

当然事情があってのことだが、チビ助ママは必死だった。

ベビーもかわいいが、それ以上に小児科入院のチビ助のことが気が気でならなかった。

だから、「ちゃんと安静にして」と言われても小児科と産科のフロアを行き来した。

これが裏目に出た。

僕も入院2週間目に入るとさすがに会社に顔出しせざるを得ず、

日中だけ病院から出社した。

そして夕方前、病院に帰宅した。

そして夜は夜勤の看護師さんとともにチビ助の傍らで吸引や注入をしながら

チビ助の寝入るのを待った。

日中チビ助の近くに誰かいればいいのだが、痰の吸引が頻回なチビ助の場合、

特に痰の溜まる「ゴロゴロ音」自体がストレスとなり、痰の溜まりを加速させる。

これがひどくなり肺の炎症反応が大きくなって昔よく入院が長期化した。

だから僕らにとって過剰なまでに「吸引されない時間」が気になって仕方なく

看護師さんにも極力お願いした。

それでも正直、思ったほどの半分も実行はされていなかった。

あまりに忙しすぎる環境の中、そこまで1人の子供にかまっていられないのだろう。

だから僕の不在の日中、ママがチビ助に会いに頻繁に来ていた。

そして昨日の夜半、半ば強制的に病院退院となった。

最後まで好意的にベッドや機器類、ミルクなども提供ぢてくれた小児科に対し、

産婦人科は退院日を大幅に繰り上げただけでなく、当日になって退院予定時間も

数時間繰り上げさせた。

次の妊婦さんの緊急入院が決まり、それまでに病室を清掃しなければならないから、

というのが理由だったようだ。

お世話になったのは事実なので、小児科病棟だけでなく産婦人科病棟にも退院直前、

高級菓子の差し入れ手渡しをした。

その瞬間だけ「ママ、本当に悪かったわねえ、悪気があったわけじゃないから」と弁明があった、とママから報告を受けた。

今更腹は立てない。

けれど、これが現状。

これがこの国の本質なのかもしれないと思った。

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入院中の出来事①

今回の入院中、いろいろ感じたこと、体験したことを

少しだけでも忘れないように記録しておこうと思います。

どうぞ退屈な記録ですので、あまり真剣にお読みに

ならないでください。

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人間模様1~ネパール料理屋さんにて~

夕食を食べに病院にほど近い、ネパール料理屋さんに入った。

ここは昼夜問わず店前に「本格カレー」の大弾幕をかかげており、

カレー好きの僕には非常に魅力的に映っていた。

店に入るとおよそ見た感じアーリア系の、いかにも「現地」の方の

面持ちのスタッフが数名、フロアと見渡せる厨房に散らばっていた。

「イラッサイマセ~」

割に流暢な日本語で色黒の笑顔に真白な、きれいな歯並びが妙に印象的だった。

店の入り口脇にすでに入っていた家族連れが座っており、僕は店の奥に座った。

どうやらお客はこの家族と僕だけのようである。

僕は座るとすぐにお店お勧めのセットメニューを頼んだ。

先に入っていた家族連れは未だメニューで悩んでいるような声。

店員が一生懸命、説明をしていた。

この家族連れは母親、20前後の兄と妹の3人のよう。

会話の様子では、この店のスタッフと犬の散歩で知り合いになり、

今日初めてお店に食事方々遊びに来たのだという。

あいにくこの日、そのスタッフは休暇をとっていた。

日本人に馴染み深い「カレーライス」という食材ではあっても

なかなか慣れない現地の「××マサラ」とか「××ティッカ」とか

並ぶと途端に想像力の迷宮に迷い込んでしまう方が多い。

この家族もそのようで、「普通の辛すぎないカレーライスはないのか?」

と騒いでいた。

店員にひとつひとつ聞きながら注文した料理のはずだったが

最初に出てきたカレーはこの家族の想像したものと違っていたようだった。

「これ辛いんじゃない?」「見た感じ食えそうにない!」

妹と思われる女性が先に口にした。

「あっ、意外とそうでもないかも」

その言葉を受けて家族が一斉に食べ始めたようだった。

二つ目のカレーが出てきた。

どうやら今度は想像と明らかに違うものが出てきたようだ。

「あ~、俺、こんなの頼んだ覚えないんだけど!」

「さっさと変えてくんない?」と兄。

困り果てながら店員は2品目を厨房に下げた。

現地のことばのようで、内容はわからないが、厨房スタッフも皆、首をかしげている。

おそらく翻訳のニュアンスの違いか何かで注文が変わってしまったのかもしれないし、

またちゃんと説明を聞かないでこの家族も早合点で注文してしまったのかもしれない。

双方にとって不幸だが、ありがちの話だ。

そのうち僕も食べ終わってしまったので、先に会計を済ませ、店を出ようとした。

そのとき「あ~」と母親、そして「ゴメンナサイ」と店員の声。

よく見るとラッシーと呼ばれるヨーグルトドリンクが兄の頭から全身に流れていた。

まるでコントのように真っ白の液体を頭から全身に浴びた兄は無言のまま

固まっていた。

僕はその横を過ぎ、静かに店を出た。

ちょうど会計のとき、厨房のスタッフのかすかな笑顔が見えた気がした。

よっぽど横柄な態度と言葉に腹をたてた確信犯だったのかもしれないと思った。

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みんなのおかげ…

みんなのおかげ…
入院から始まった今週がいよいよ

週末を迎えました。

人に恵まれ、人に助けられ、好意と親切に

包まれて無事次男はこの世に生を

受けることができました。

思えば7年前、同じ病院の、同じ産科で

初めて一晩涙が止まらない思いをしました。

初めてやり場のない怒りに心を裂かれる

思いをしました。

初めて身内に起きた出来事による

屈辱感と自責の思い、そして進むべき

方向が見えない止めどない不安感に襲われました。

7年の歳月とチビ助がくれた様々な経験が

僕とママをほんの少しだけ成長させて

くれたのかもしれません。

折しも今夜、あるスピリチュアルなテレビ番組で

出産をテーマにしたコーナーがありました。

コメンテーターの言葉の中に

『自分の誕生日は自分の喜びのためじゃなく、

苦しくても生んでくれた親、特に母親に

感謝を捧げる日』だとありました。

僕に取って今週の体験は、今回

感動をくれたベビーに、今の自分を

作ってくれたチビ助に、そして何と言っても

一年もの間『妊娠』という苦難に負けず、

この7年泣きわめきながらもチビ助と

僕と共に歩んでくれ、そしてあと何年か

わからないけど、新しい家族と共に

苦難を乗り越えていってくれるであろう

ママに対して感謝の気持ちでいっぱいです。

ほんとにホントにみんなありがとう…

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お待たせしました♪

お待たせしました♪
いままで話題にあげておりました

ママの妊娠ですが、昨日の夕方

元気な男の子を無事出産致しました♪

産科と小児科に別れる、今回一家入院を

しており、ちび助とベビーの対面は
手術室を出たときの一瞬だけしか
まだ実現してないのですが、それはそれは

チビ助がこれから始まる『ママ争奪戦』

をかなり意識した「牽制のポーズ」を

構えておりました。

僕もママが動けるまでの長期休暇で

望んでいますが、先程、牛丼をつまみに

遅い乾杯をひとりしてきました。

いま、再び消灯した病室に戻り

チビ助と兄弟について語っています。

兄弟、どんな状況であれ、力併せ

頑張って生きていってほしいと切に

思います。

みなさん、応援のメールなどありがとうございました♪

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チビ助、血ぃ〜吹きましたぁ!

タイトルでびっくりされた方、はじめに謝ります。

ごめんなさい! 人( ̄ω ̄;) スマヌ

あと数時間でママとともにチビ助が入院となります。

僕もチビ助の介助のため、交代無しの付きっきりで

一緒に病院にこもります。

入院前夜というのに、さきほどチビ助が血を吹きました Σ(゚□゚(゚□゚*)

あわててママが口の中いっぱいの血を吸引しました。

しばらくして血もとまり、口の中の異常の理由(わけ)がわかりました。

歯磨きしていて乳歯が1本急に抜けたからでした。

あ〜、びっくりした ┐(´д`)┌ヤレヤレ

今、チビ助もママも爆睡しています。

こんな時間の間に僕は明日の入院の準備です。

あまりに長く入院から遠ざかっていたので

何を詰めていいやら、一つ一つ思い出しながら

パッキングしています。

忘れてしまうほど入院から遠ざかっていたチビ助。

強くなったものです。

生まれ来るチビも兄に負けず、元気いっぱいで

出てきてほしいと思います。

これから始まる、ぼくら家族の正念場。

さあ、がんばるぞ!

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最後の週末・・・

春ですね♪

外はあちこちですっかり桜が咲き誇っています。

残念ながら東京地方、あいにくの花曇り。

僕は花粉症で鼻詰まり・・・

そして意外とへそ曲がり・・・

なんかジョイマンのラップみたい・・・

マコトニスイマメ~ン♪

ゴメンネ、ゴメンネ~♪(by U字工事)

チガウカ~!(by ものいい)

失礼しました・・・(汗)

気を取り直し、脱線を戻します・・・

いよいよ順調なら週明け、月曜日

チビ助、チビ助ママとも入院し

翌日チビ助ママは手術で出産です。

僕もチビ助の介護があるので、数日間の泊まり込み。

ここまで短いようで実に長かったです。

毎日、ママの体調管理と不調の訴え、

ママも精神的にチビ助を抱えながらで

正直参っていたと思います。

毎日毎日、ちょっとしたことでイラついたり、当たられたり。

普段の夫婦喧嘩とは状況が違っているので、

我慢、我慢の毎日でした。

出産後も似たような、追い詰められたような

精神状態のときもママには訪れることもあると

思いますが、体の自由がある分、ちょっと自分で

気分転換もできるかな。

二人目ともなるといい加減なもので、必要なものは

あまり取り揃えていません。

チビ助のお下がりと、チビ助には使えなかった「お蔵入り」の

品々とがあれば、あとは健康かどうか、五体満足かどうかなど

確認したうえで必要なら買えばいいかな、と。

さらにさらに、名前だって顔見て考えればいいかな?と思っています。

おなかの赤ちゃんがこれを聞いたらきっと

「おれってあまり期待されてないのか?」と思うでしょうね。

けど、そうじゃない。

チビ助の出産のとき、あまりにも大きな衝撃を受けていた分

今回は「どっしり」と構えているだけと思ってほしいです。

慌てたって変わらない。

焦ったってなにも変わらない。

とにかく健康なら。

とにかく自分の意思を伝えられれば。

とにかくチビ助より状況がよければ。

そんなことだけを祈りつつ、

今夜は家族で夜桜でも見に行こうかな?

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元気な店、こだわりの店・・・

今日、仕事で取引先の方とランチを食べました。

この方のお勧めで、この方の馴染みのお店へ。

六本木の交差点近くにある中華屋さんに入りました。

このあたり、かつて若かりしとき、恥ずかしながら

夜中闊歩していた自分自身も記憶の色濃い町です。

(バブルの頃、本当にいろいろありました・・・アハハ)

当時から変わりありませんが、カタギではない方々も

真昼間から非常に多くいらっしゃいます。

そしてランチで入った、このお店もそうでした。

あちこちに目つき鋭い方々がちらほら。

「あらま~」と思った先に妙に目が合う、濃い顔の方が。

よく見ると俳優の谷○人さんでした。

ここで早々にお勧めの「鶏煮込みそば」を食べ、

コーヒーを飲みに次の喫茶店へ。

入ったところはほど近い、こだわりのあるお店でした。

ちょっと昭和レトロを感じさせる内装。

トイレの扉が革張りだったり、店の壁には様々なオブジェが

飾ってあったり、装飾品がいろいろぶら下がっていたり。

おじさまのウェイターさんが数人いらっしゃる広い店でした。

ここではウェイターさんを大声や挙手で呼ばず、

各テーブルに配備された”白いキャンドル”に火をともして

呼ぶそうです。

(テーブルにその旨の説明書きがありました。)

そんな店は実は六本木の老舗で、夜は同伴待ちの

夜の女性たちや、その筋の方々のご用達になって

いるようでした。(あとから聞かされました。ヤッパリ!)

不況風厳しいこんなご時世でも、繁華街の一等地で

不況関係なく、両者ともごったがえしている元気なお店でした。

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