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チビ助の退院

ここ数日、更新をおろそかにしておりました。

実は先日木曜日、約1カ月にわたり入院して

おりました我が家のチビ助、なんとか退院しました。

といっても両手離しで喜びの退院でもなく・・・

肺炎をこじらせていたのは今週頭に炎症反応が

だいぶ治まりました。

ただし代わりに大きく出てきたもの、それは

大きな波、けいれん波です。

数か月前から少しづつは兆候が見えていたものの

まさかここまで大きくなるとは・・・

短いときに十数分、長い時で数日、突如として

心拍は200台くらいまで急上昇し、熱があがり、

のけぞるような緊張があり、呼吸も乱れ、

全身青黒くしながら白目をむいた状態が続きます。

何がきっかけだったのかわかりません。

が、あきらかに今回の入院が終息に向かうにつれ

はっきり大きくなりました。

服用の薬も大幅に変わりました。

ですが正直、まだ調整ができているわけではありません。

僕ら両親も体力的に限界にきていました。

また始終入れ替わる入院患者さんからの感染の問題も

再悪化の不安要素でもありました。

担当医と打ち合わせを重ね、強制的に退院をさせて

いただくこととなりました。

担当していた看護師さんたちも「えっ?」といった感じだった

ようです。

今回の先生との打ち合わせでは僕ら両親も非常に

考えるところがありました。

今後のチビ助のこと、現在のチビ介の精神状態や

健康状態のこと、親子の関係など、さまざま・・・

長くなりますのでこれはまたの機会に触れたいと思います。

なにはともあれ、応援メッセージをいただいた皆さま、

いろいろとアドバイスをいただいた皆さまには本当に

感謝致します。

とりあえず退院できましたこと、ご報告致します。

ありがとうございました。

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倒れました・・・

体力自慢の僕にも限界があったようです・・・

水曜の夜、チビ助面会&宿泊のため病院に行った際

咳がとまらなくなりました。

「病院は感想してるからだな」と過信し、

翌朝いっそう咳が止まらなくなっていました。

そのまま会社に向かい仕事をしたのですが、

昼すぎから寒気が始まりました。

調子悪いのかな?くらいにしか思わなかったのですが

まともに会話ができないほど咳がひどく

相対させてもらって車で病院に行きました。

病院に行って(自分のためのクリニック)熱を測ると

39度。

どおりで道がかすんで見えたわけです。

診断は重めの気管支炎。

「こじらせちゃってるね」と先生。

インフルエンザではなかったので正直、助かりました。

自宅に戻ると世界が回ってきました。

熱が40度を超えていました。

ですから昨日の晩はチビ助の付き添いはできず、

ママがいったん帰宅し、再度明け方まで病院に張り付きました。

一晩ゆっくり寝かせてもらったことで僕はだいぶよくなりました。

今日はもうだいぶ楽でしたが会社から出社拒否を受け、

自宅静養させてもらっています。

明日はチビ助の担当医と「この先のチビ助のサポート体制と

入院等の緊急対応をどうしていくか」お話するつもりで

時間をいただいています。

僕も体力的に限界に来ていたのでしょうが、更にママには

負荷がかかっています。

このままでは家族共倒れです。

チビ太も数日前から咳が始まっています。

陽転思考ではこの状況からでも「よかった」を探すことをします。

きっと「今後の家族と健康について真剣に考える時間ができて

よかった」というのが現在の僕がようやくひねり出した答えです。

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教えてください!

~ご存じの方がいましたら教えてください!~

都内の病院で医ケア、特に気管切開の子の入院の場合、

入院は付き添いが必要ないところがあるかどうか、ということです。

実は今、長男が入院している病院は出生から今も継続して

訪問看護事業などお世話になっているため僕らも比較的

安心していたのですが、看護師さんから「あの子は吸引が

頻回でとても看ていられない」と話しが聞こえてきました。

ただでさえ、「(吸引等できる)両親どちらかが必ず

そばにいてほしい」といわれ、昼は妻が、夜は僕が

張り付いて長男のベッド脇におります。

ただ、あれからもう約3週間、正直、時間のやりくりも

自身の体調維持も限界にきています。

そこで成育センターも含めた都内の病院への転院を

検討したいと担当医と話そうと思っています。

ただし、病院でケアできることが条件。

今までと同じ、付き添い必須ならば今いるところの方が

勝手がわかっている分気が楽です。

成育センターは僕らもICUは2度行きましたので

内容は知っているものの、「場合により付き添い必要」と

なっているため、もし本当なら転院する意味がありません。

東京都の療育センターは何カ月も前に予約しないと

病棟の入院はさせてもらえないと聞きました。

また東大病院やその他いくつかの重症児を見れる病院でも

「付き添い条件」があるところをよく耳にします。

繰り返しになりますが、もし気切児の医ケアが満足にできる

(夜中などお任せできる)病院を耳にしましたら教えて

頂きたいのです。

勝手なお願いで申し訳ありません。

もし邪魔でなければ、耳にしましたら教えてください。

よろしくお願い致します。

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交通事故…

今日職場近くの路上で僕のスタッフが

交通事故に合いました。

とはいえ、こちらはトラック。

相手は軽自動車。

信号変わった交差点でうちのトラックの

わき腹に前方不注意で正面から突っ込んで大破。

自走不能になりました。

一方、うちのトラックはヒッカキ傷数センチ程度。

更にうちのドライバーは20代の男の子。

対して相手の軽自動車は40代〜60代の

下町のおばさま4人グループ。

だから口論はかなわない…

警察をスグ呼び、うちの現場責任者が

飛んでいってようやく事態はおさまりました。

写真などの状況を見る限りでも

あきらかに非は向こうさんが多そうで

こちらもいけないところはきっと

あったと思うのだけれど、おばさま4人に

囲まれた上、集中放火を浴びた男の子は

一生懸命僕に謝りながらもまだ怒り収まらず

握り拳を自分の膝に打ち付けていました…

多勢に無勢、4人集まりゃかしましい…

いや失言。

やはり女性は強いですねぇ…

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下町の冬景色♪

下町の冬景色♪
最近、長男チビ助の入院のこと、

それによる生活全般と仕事への影響で

頭がいっぱいになり周囲を見回す

余裕がありませんでした。

今日もチビ助入院の病院近くの信号で

停車した途端、目に飛び込んできた

光の並木道をパチリ〓

下町にも着実に冬がそこまで来ているんですね。

クリスマスイルミネーションが

街いっぱいに広がる頃までにお家に

みんなで帰れるかなぁ…

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一進二退?!

入院中のちび助の様態がいまいちあがらないです。

というより正直、よくなっていないのです。

ようやく再会された注入もまるで

カスタネットの演奏のごとく、

入って、休んで、休んで、入って、休んで…

とまともに入れられず、しかも

真っ赤に染まった胃残は大量にでるわ、

むくみはひどいわと、いろいろと

問題点がでています。

とりわけひどいのが、午後帯から始まる

ここ数週間おきている痙攣が特に

ここ数日症状がひどく、心拍も200近くに

上がり、体温も40℃前後、全身痙攣で震え、

汗だくになって目空を泳ぐ状態が数時間続き、

その後ぴたっととまるのです。
昼間介護で付きっきりのママは毎日肝を冷やし

そのたびにくる僕へのメールに

たとえ接客中であっても顔色も変えられず

冷静に対応しなければならない僕も

毎日ヒヤヒヤドキドキの連続です。


体重も減り、さらに小さくなったチビ助を尻目に

弟チビ太はとうとう体重で兄を抜きました。

そして兄チビ助は今日またひとつ

抗生剤投与が更に増えました。

点滴も外れず、酸素吸入は増えていく一方。

果たして退院の日はくるのか?

家族で自宅でくつろぐ時間は戻ってくるのか?

一進一退ならぬ一進"二"退の攻防は続いています…

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一進一退の攻防

いまだ入院中のチビ助に日曜日から好転が

みられました。

少しだけ点滴のほか、注入が再開されました。

チビ助は自分で顎を動かすこと、

飲み込みなどがうまくできません 。

しかも呼吸もうまくなく、喉に穴をあけ

そこからの呼吸に頼っています。

当然我々が食事するようには栄養補給が

できるわけもなく、したがって鼻の穴から

胃に直接チューブをいれ、液体の

高カロリー食品を流し込み、食事の代用と

しています。

その彼にとっての唯一の栄養補給手段が

再開になりました。

と思って安心も束の間、今日午後から

再び40℃の高熱と熱性けいれんが襲いました。

今もなお震えながら白眼をむくように

寝ています。

呼吸も荒れて心拍もネズミのもののようです。

ですからまた注入はしばらくストップ。

今夜も傍らで眠れぬ夜を過ごすことになりそうです。

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チビ助、入院しました…

チビ助、入院しました…
この数週間、我が家ではママから始まった

風邪が子供たちとママの間をぐるぐると

回っていました。

そして先々週、弟チビ太が簡易入院、

退院した当日から兄チビ助が体調を

ばたばたと崩し、週明けから入院しました。

最初は軽い肺炎だったのが、入院2日目から

激変し、かなりの重傷化しました。

理由は…いろいろありすぎてここでは

ふれることはできません。

その日から僕も仕事が終わると

保育園からもどり、シッターさんに

預かってもらっているのを引き取り、

ママの帰宅とバトンタッチで病院に入り

チビ助の付き添いし、そのまま会社へ

という生活が続いています。

特に今週、取引先の動向激しく、

新規のお客様の対応など、とてつもなく

忙しかっただけに、夜中の病院泊まり込みと

仕事の両立は正直厳しかったです。

ママも同様に昼間は病院に詰め

これ以上悪くさせまいと必死に看病し

夜は弟チビ太と格闘してたことを思うと

あまり甘ったれた泣き言は言えませんでした。

今日、仕事の合間に前から予約していた

和田裕美さんの公演を聞きにいった。

彼女の売りの「陽転思考」、こんな時だからこそ

心に響いた。

「物事はひとつ、捉え方はふたつ」…

事実を悲観し、こだわっていくのか

はたまた事実から学んだことを糧に

思考の転換をはかるのか、をお話して

くださった。

今回のチビ助入院は悲しいことでしたが

健康の素晴らしさ、自宅で家族が集うことの大切さ

仕事と家庭のライフワークバランスや

時間の使い方の難しさなど…

上げればキリがないほどの学びや気づきが

ありました。

まだまた入院生活は当分続くような状況に

ありますが負けず、くじけず、

そしていっぱいの学びをもって

家族で自宅に帰りたいと思います…

ありがとう。記事をここまで読んでくださって…

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何とかなるさ!

今朝、家に帰るとなにか”もぬけの殻”のような状態でした。

いつもしている心拍モニターの音もせず、

吸引器のモーターや吸引の音も無く、

消えることのないテレビの音もせず、

電気の消えない、居間の中心に置かれたベッドは

ふとんも機械やコードも、そしてその主人たる

(長男)チビ助本人もいなかった・・・

居ないからこそわかる存在の大きさ、

壊してからこそわかる健康の大切さ、ありがたさ。

僕らにとってのチビ助は、次男チビ太がいかに

元気で健康であっても、チビ助が中心にいるから

成り立っているのかもしれないと改めて思います。

言葉を発せず、身動きできないチビ助が

いつも一生懸命モニターの音や、吸引器の音、

そして彼の周りを照らす照明やテレビで

その存在や意志を表現していたことに改めて

気づきます。

・・・改めて申し上げます。

mixiでも触れましたが、昨日からチビ助が

入院しました。

ちょっと強い肺炎のようです。

昔、生死をさまよったほどの状況にはありませんが

最近ずっとしなくて平気だった酸素吸入をし、

点滴だらけの青黒くなった顔で白目をむいた

チビ助の顔はあまりにも悲惨でした。

僕は昨日、仕事終わりから深夜までを付き添いし、

ママが今朝早くから付き添いをします。

小児科病棟には残念ながらチビ太は入れないので

病院にいない方がチビ太とともにします。

いま、チビ太は僕の脇で寝息をたてています。

ようやく治りかけのチビ太ですので

ぶり返しのないように、再入院のないように

慎重にしないといけません。

今日はほんとうは取引先のゴルフコンペ、

そして明日は朝から資格試験受験でした。

コンペはキャンセル、資格試験は、結局この

数週間の看病と家事に追われ全くできませんでした。

ただ最後まであきらめず、今日の残された時間で

最後のあがきをし、明日に望みます。

人生前向き、明るく、笑っていきましょう!

そう、きっと何とかなるさ!

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